大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(う)288号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋功が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一控訴趣意書記載の所論に対する判断に先立ち、職権の発動を求めるとして弁護人中村悳が差し出した控訴趣意補充書記載の所論にかんがみ、職権をもつて調査する。所論は、要するに、被告人は昭和五六年頃フィリッピンに渡航してフィリッピン自動車協会から発給された国際運転免許証を取得し、その後数回にわたりその更新手続を経て本件当時も国際運転免許証を所持していたから、原判示第一の所為については無免許運転罪は成立しないはずであるにもかかわらず、その成立を認めた原判決には道路交通法六四条、一一八条一項一号の適用を誤つた違法がある、というのである。

なるほど、被告人は当審公判廷における質問に対し、フィリッピンに渡航中の昭和五六年四月三〇日フィリッピン自動車協会から国内運転免許証と国際運転免許証の各発給を受けたが、その際実技試験を課せられただけで、筆記試験は課せられなかつたこと及びその後国際運転免許証の有効期間が経過するつどフィリッピンに渡航して免許証の更新手続を経て現在に至つているが、現在所持しているのは当庁に証拠物として提出してある国際運転免許証一冊(国際運転免許証番号第三七四八A号・国内運転免許証番号N一〇八一九四三号、押収番号当庁昭和六〇年押第二七六号)である旨を供述している。しかしながら、当審において取り調べたICPOフィリッピン国家中央事務局長作成の回答書、捜査共助課長作成の外国警察等への照会依頼に対する結果についての回答書及び検察官作成のフィリッピン共和国におけるドライバーズ・インフォメーション・ガイドの入手についての報告書によれば、フィリッピン自動車協会が昭和五九年一月から同年一二月までの間日本人に対して発給した国際運転免許証の受給者リストのなかに被告人の氏名は存在せず、したがつて、右の国際運転免許証(番号第三七四八A号)は被告人に対し有効に発給されたものではないこと、フィリッピンの国内運転免許証(番号N一〇八一九四三号)は被告人以外の者に対して発給されていること及びフィリッピンの国内運転免許の取得に際しては実技試験のほか筆記試験も課せられる旨が定められていることが認められる。これらの事実に徴すると、被告人が現に所持する右の国際運転免許証(番号第三七四八A号)は、偽造されたものであるか、ないしは、少なくとも発給権限を有するフィリッピン自動車協会から被告人に対し、運転の適性を有することを実証したうえで発給されたものではなく、したがつて、右の国際運転免許証に更新される以前である本件当時被告人が所持していた右協会発給名義の国際運転免許証も、これと同様、運転の適性を有することを実証したうえで有効に発給されたものではないことが明らかである。右認定に反する被告人の当審公判廷における供述及びアーマンド・ツパズ作成の証明書は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、これが道路交通に関する条約(昭和三九年条約第一七号)二四条一項の運転免許証ということはできず、したがつて、道路交通法一〇七条の二所定の国際運転免許証ということもできない。また、かりに、被告人が本件当時適性を有することを実証したうえで国際運転免許証を有効に取得していたとしても、原判示第一の運転行為の時よりさかのぼつて一年以内に海外から本邦に上陸した事実がないことは、当審において取り調べた日本人出帰国記録調査書に照らして明らかなところである。してみると、この点からも道路交通法一〇七条の二所定の要件を欠くものとして、原判示第一の運転行為が無免許運転罪を構成することは否定できないものというべきである。それゆえ、右の国際運転免許証を所持する被告人について無免許運転罪の成立を認めた原判決は正当であつて、これを職権によつて破棄すべき理由は発見できない。

二控訴趣意書記載の所論は、原判決の量刑不当を主張するものであつて、犯情に照らし、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を精査して、所論の当否を検討するに、本件各犯行の動機、罪質、態様及び被告人の経歴、前科、ことに、被告人はこれまでに数回にわたり道路交通法違反罪を重ねてそのつど罰金に処せられたうえ、昭和五六年七月一五日東京地方裁判所において同罪(三回の無免許運転)により懲役五月、三年間執行猶予に処せられたにもかかわらず、なんら反省自戒することなく、その執行猶予の期間中、またも本件各犯行に及んだもので、無免許運転の常習性と法軽視の傾向が顕著に窺われることなど諸般の情状にかんがみると、その犯情はよくなく、厳しい非難を免れない。してみれば、肯認しうる所論指摘の被告人に有利な情状を十分考慮に入れてみても、本件は刑の執行猶予が相当な事案とは認められず、刑期の点においても、原判決の量刑は、まことにやむをえないところであつて、これが重きに失して不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官寺澤 榮 裁判官片岡 聰 裁判官小圷眞史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例